2019年6月23日日曜日

早期リタイアの環境変化(2)

定年退職後に働き続ける人が増えている。

私の勤務先でも、10年くらい前(?)から60才の定年退職後は「嘱託」として3年程度働き続けることができていたが、嘱託員の道を選ぶ人は5~6年前までは2割程度であった。

けれど、最近では半数以上が嘱託員としての雇用継続を希望していると聞く。

所得水準は、この20年間増えていないため、貯蓄額も増加していないが、デフレ効果で切り詰めようとすれば支出もそれなりに抑えることができ、定年後の生活自体は、特殊な場合を除きそれほど苦しいものではないと思う。

私がまだ若かった頃、年長者の方は「早く退職したい」とよく言っていた。

この変化はどこにあるのだろう?

もちろん、政府の「1億総活躍社会」の刷り込み効果や年金受給の不安があるが、それ以上に家庭内における「居場所」の問題があるように思う。

熟年離婚が言葉として出始めたのは何年前だったか?

夫の退職を機に、妻が離婚を切り出すというものだ。

会社員として働き続けた結果、家庭内に居場所を失った問題が背後にあるのではないかと思う。

(つづく)
  
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2019年6月15日土曜日

早期リタイアの環境変化(1)

ここ5年~6年で早期リタイアの環境に大きな変化が起きた。

私が早期リタイアしたのは6年前のことになりますが、正直、世界が大きく変わってしまったような変化を感じる。

まず、一番に感じる変化はリタイアという概念自体が消失してしまい、人は働ける限り働くものだ(働ける限り働きたい)という考え方が支配的になっているように思える。

もちろん、働くこと自体を否定するものではないが、サラリーマンのように定年退職を前提とした職制と働き続けることのミスマッチが解消されることなく、働き続ける価値の植え付けが行われているような気がする。

(自営業や農業などは生涯働き続けやすい属性を本来的に有しており、働くことと生きがいがマッチしている例が多い)

しかし、この変化は私にとってあまりに急激なものに感じる。

おそらく、年金財政の将来展望の厳しさから、一気に世論形成を図ってきたように感じているが、一次産業の衰退や製造業におけるFA化、ネット社会の進展による職業構造の変化に社会が追いつけず、大量の失業者予備軍ができていると思われる。

「リストラ」という言葉が流行った時代であれば企業は余剰人員をリストラすれば良かったが、今の時代にそれはできず、人件費を抑えることで(この20年間給与を上げず)、雇い続けた反動が出ているのだと思う。

その結果、正規雇用が減少、非正規雇用やニートが増加し、将来に対する不安が頭をもたげてきている。

政府としても長寿化に伴う年金や社会福祉支出の増大と税収のバランスが取れず、「ニッポン一億総活躍プラン」という美名の元に働き続けることが「善」であるという刷り込みが庶民の将来に対する不安心理とマッチして受け入れられたのだと思う。
(つづく)  
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